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    記事No.9 [テイルズオブケンプファー#1 旅の始まり] 返信ページ
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    ■9   テイルズオブケンプファー#1 旅の始まり 
    □投稿者/ Castella 2回-(2012/05/01(Tue) 20:59:44)

     “―――多くの人が「最初に空を飛んだのは誰?」という質問に対して「ライト兄弟」と答えるが、俺から言わせてもらえばそれは違う。ライト兄弟はあくまでも「エンジンつき飛行機」で空を飛んだのであり、グライダーという翼を用いて最初に空を飛んだのは、ドイツ人のオット・リリエンタールだ。俺は物心が付く前から空を飛ぶこと…もとい飛行機に大きな憧れを抱いていた。だが、俺が望む翼はリリエンタールのハンググライダーでもなければ、プロペラ駆動のライトフライヤーでもない。もっと力強く、早く飛べる翼だ。しかし、今の俺には翼どころか今を生きる為の僅かな収入しかない”
     
     
     「おい垣内!空ばかり眺めてないで仕事せんかい!」
     垣内拓馬(かきうちたくま)はしぶしぶ空を見上げるのをやめ、ジャガイモだらけの収穫かごを軽トラックに載せた。
     「いいえ、空じゃなくて滑空しているグライダーを見ていました」
     「ヒコーキが現れる度にこれだのう…おい垣内、そんなにヒコーキが好きならパイロットに志願すればよかったじゃないか!ブラウエライターの連中ならパイロットはいくらでも募集しているだろう?」
     
     同じように収穫かごを荷台にのせる農場の主。
     もうトラックの荷台は満タンだ。じゃがいも入りのかごがごろごろしている。
     
     「まあええか。近頃の若者は皆ブラウエライターの兵隊になりたがる。そんな中でわざわざ農場を選んでくれるのは、こっちにとってもうれしいもんじゃ。あとはもう少し機敏にしてくれればのう…」
     「気をつけます」
     
     ふたりは軽トラックに乗り込み、緩やかな傾斜の農場を出発した。
     舗装されていない農場の道を走る車の乗り心地は決してよくないが、すでにもう慣れたものだ。車が右へ揺れようが左へ揺れようが、拓馬は開けた窓から再び空を見上げる。
     まだグライダーは優雅に飛んでいる。
     上昇気流があればそれに乗り、無ければモーターでエンジンを回して揚力を得る。…要するに「ただ飛んでいるだけ」でしかないのだが、拓馬は飽きることなく眺め続けていた。たとえ自分好みのかわいい女の子が現れても、ヒコーキが空を飛んでいればそれに気がつかないだろう。
     
     「今さっき居てくれるのはありがたいって言ったばかりだが、もし飛行学校とかに入りたいというならわしは止めんよ。お前の人生だ。おまえ自身が決めるんだ」
     
     グライダーを眺めっぱなしの拓馬にそう告げる農場の主。
     
     「お気遣いありがとうございます。でも、俺は此処での仕事に誇りを持っています。もちろん、悪党と戦い人々を守るという役職にはあこがれますが、今を生きるすべての人々を飢饉(ききん)から守るという重大な使命がここにはあるんです」
     
     「うむ、判っているではないか若造」
     
     二人を乗せた軽トラックは舗装された道路を走っていた。
     やがて正面には巨大な防壁が広がり、道路は防壁の検問所に続いていた。軽トラックは検問所の前で一時停止させられるが、農場の主が身分証明書を見せると大洪水すら防ぎそうな防壁は二つに裂ける。開かれたゲートの中には、プレハブ小屋が網目のように整列している。拓馬は正確な数値を知らないが、この防壁に囲まれた居住区…通称「シタデル」には4000人ほどの難民が暮らしているという話を聞いたことがある。
     
     「相変わらず人ごみじゃ。わしらが幾らイモを掘っても足りるわけがない」
     
     農場の主は運転を続けながら愚痴る。
     ずばり言えば、この居住区は今飢饉に直面している。それはなぜか?答えは単純だ。需要と供給のバランスがこれっぽっちも取れていないからだ。この国というのは昔から食料の自給率が低い国であり、数値的には50パーセントにすら満たなかったそうだ。しかも現在は海外からの輸入がゼロであるため、食糧事情は瞬く間に奈落のどん底であった。
     …『島(Die Insel)』を除いては。
     
     
     ―――収穫したジャガイモを物資集積所におろし、拓馬は給料をもらって農場の主と別れた。
     この物資集積所には防壁の外から持ち込まれた、役に立ちそうなアイテムが集められている。食料に始まる生活必需品。自分たちの身を守る武器。放置された自動車の部品。木を切り倒して得られる木材などだ。そしてここからシタデルの中心にある市場に送られ売り出されるのだ。市場にはここの住人だけではなく、よそのシタデルから来た商隊(キャラバン)も貿易にやってくる。そうしてシタデルは経済を築き上げていく。
     
     「さて、これからどうするか」と、人ごみの中でつぶやく拓馬。
     
     今日の午後は予定がない。副業を持っているが、今日は休みだ。
     粗末なプレハブ小屋に帰っても、毛布を枕代わりに寝るしかない。このシタデルには「遊びに行くところ」と「働きに行くところ」、どちらをとってもこの市場と粗末なレストランぐらいしかない。客数と給料はほどほどだが、いざ求人がかかれば応募の倍率は10倍を軽く超えるだろう。従って、シタデル「内部のみ」で見れば失業率は非常に高い。では、仕事を持っている拓馬は「勝ち組」なのか?となると、答えは微妙なところである。農場はシタデルの外部にあり、農業に従事している間は常に危険に晒されているからだ。それはどういう意味か。つまり…。
     
     「道を開けてください!どいて、どいて!」
     
     拓馬がふと後ろを振り返ると、人ごみの海が「モーゼの十戒」にある紅海分断シーンのように真っ二つに割れていく。その割れた所を歩んでくるのはモーゼを先頭にしたヘブライ人たちではなく、担架に乗せられた重傷者だった。拓馬も人ごみの一部になり速やかに道を開ける。人ごみを突き進んでいく担架は3つ。行き先はこの先にある粗末な診療所だろうか。いや、もしかしたら火葬場へ直行する羽目になるかもしれない。その考えが不謹慎であるのは間違いないが、実際にそうなる可能性が高いのもまた事実である。「島」とは違いここにはマトモな医療施設がない。診療所にいるのは助産師経験のある老人一人のみで、外科医ではないのだ。だから、今担架で運ばれていった人たちが助かる可能性は…低いだろう。
    拓馬が気の毒な視線でそれらを見ていると、背後で拓馬を呼ぶ声があった。
     
     「よう、拓馬!またトラブルでもあったのか?」
     「ゲオルク?仕事はどうしたんだ?」
     
     補強された軽トラックの荷台に乗っているのは拓馬の友人、ゲオルク・クレインだった。
     ドイツ人の父と日本人の母を持つゲオルクは、このシタデルから数十キロ離れた別のシタデルにあるトラクター工場で働いている。そのトラクター工場は拓馬の二つ目の仕事でもあった。
     
     「いや、今日は午前中で仕事が終わったから、ちょっとお前の様子を見に来たのさっ! …それで、さっきの騒ぎはなんだったんだ?」
     「けが人だよ。 【ガイスト】にやられたんだ」と、拓馬。
     
     
     
     ―――ガイスト。
     この存在こそが、世の中の常識すべてを覆してしまった現況である。
     その名称どおり幽霊のように突然と現れ、人類を無差別に襲撃してきたのである。当初人類を襲った脅威は他にもあるが、ガイストの出現からまもなく30年を迎える。人類は世界の大半を連中に奪われており、生き延びた人々は【ブラウエライター】と呼ばれる欧州からやってきた武装組織の加護によって今も生きながらえている。…が、そのブラウエライターの加護というのは先述の「島」に限られる。拓馬が今いるシタデル…またの名を難民キャンプ。そんなごみのような場所に手を差し伸べるほど、彼らも暇ではないのだ。従って、シタデルはそのシタデルで自警団などを組織し、自己防衛しなければならないのだ。
     
     
     
     「ゲオルク。いつもながらずいぶん暇人なんだな?」
     わざわざ俺の顔を見に来ただけなのか?と、疑問に思う拓馬。
     「だっていつも暇じゃないか!毎日毎日、工場に引きこもってばかりでうんざりしないか!?」
     
     確かにトラクター工場での勤務は引きこもり100パーセントである。毎日毎日引きこもり作業が続くと気が狂ってしまうだろうし、実際にストレスで体を壊して病院送りになった者が何人も居た。
     
     「工場と難民キャンプを往復するだけの人生だなんて、誰が望んですると思う?機会さえあれば、俺は拓馬の親父さんと同じようにガイスト狩りに加わるぞ!もちろんヨーロッパ開放だってこの手でしてみせるけどな!」
     ゲオルクはファンタジー映画の主人公になりきり、剣を振り回す動作をしてみせる。続けて乗っていた軽トラックにつけられた機関銃を構え、舌で器用に銃撃の音を真似てみせる。が、それを見ていた倉庫の作業員が「銃で遊ぶな!」と激しく叱責した。
     別に実弾はまだ装填されていないのだから、そこまでキツク言わなくてもいいのだろうに…と拓馬はうすうす思った。
     「あ、スマン拓馬。口が過ぎた」と、思い出したように謝るゲオルク。

     拓馬は別に気にしていないと言ったが、実際のところ今ので思い出してしまった。拓馬の父はかつて、ブラウエライターの兵隊だった。この日本からガイストを駆除するべく戦いに明け暮れ、いくつもの戦線を渡り歩いた。そんなベテランの父だったが、ある日突然と姿を消してしまったのだ。情報は機密事項で、拓馬にはなにひとつ具体的な情報は与えられていない。それでも拓馬は父と同じように、ブラウエライターの戦士になるつもりだった。少し前までは。
     
     「おい見ろよ!落ちこぼれがいるぞ!」
     人ごみの中で、げらげらと拓馬の神経をつつく奴がいる。今の台詞だけで声の主がわかっている。
     振り向いて確認すると、やはり思ったとおりの人物がそこに居た。
     「お前か」
    「おー、やっぱり垣内じゃねぇか!落第したクズが」
     
     声の主は勝本律(かつもとりつ)という拓馬の同級生だった。…いや、元同級生というのが正しいだろう。
     拓馬はすでに…退学したのだ。
     
     「こんな難民キャンプで暮らしているのか?随分と落ちぶれたもんだな!こんなボロっちい城砦じゃ、地獄を見るのは時間の問題だろうぜ!ま、せいぜいジャガイモ掘ってがんばりな。落ちこぼれのお前にお似合いだぜ」
     ずるずると嫌がるように前進する勝本の乗る中型トラック。荷台には交易品であろう品物を積んだ箱が大量に積まれており、中身を見てはいないものの拓馬はそれを知っていた。それらは「島」の周辺にある海底熱水鉱床から取れた上等な金属(アビスメタルとか言うらしい)を使い、上等な工場で作られた上等な武器だ。勝本の親はその上等な工場の責任者であり、要するに勝本一家は上等な市民なのだ。
    そんなリッチなトラックは、やがて人ごみの中に沈んでいく。
     
     「なんだよ。いつもながらムカつくな!今度人目につかない場所でブチのめしてやるか!?」
     「やめておけ、ゲオルク」
     「言われっぱなしで悔しくないのか?二人でぶっとばしてやろうぜ!?」
     「あいつは「島」の上流階級だ。俺らが平民なら連中は貴族だよ。もしここで奴らが犯罪や暴力行為に巻き込まれれば、このシタデルと島の貿易関係はガタ落ちだよ。そうなったら俺は責任を取って出て行かないといけない」
     ゲオルクはがっかりしたように口を止めた。
     「…でもよ、グライダーの着陸ミスなんてよくあることじゃないか!それだけでクズ呼ばわりなんて、ちょっと言いすぎじゃないか」
     「5回も失敗すれば…バカにされても文句は言えない」
     
     ―――退学する前の拓馬は「島」にあるグライダー学校に通っていた。そう。連中と同じ「高さ」に居たのだ。
     そしてその学校というのは、将来のアビエイター(パイロットともいう)を育成するための飛行学校だ。拓馬はいざ飛行機に乗り込み飛び上がれば、その飛行機を自分の手足のように扱うことができた。そのままアビエイターになっていれば、間違いなく大物になれただろう。
     しかし、拓馬は「着陸が」異常に苦手だった。ヒコーキの飛行過程において「着陸」はもっとも難しいものであるが、とにかく拓馬は着陸が下手だった。マシな例でもスピードがありすぎて滑走路をオーバーラン(通り過ぎて)してまったり、着地の衝撃が強すぎて車輪を折ってしまったりしていたのだ。
     
     「前向きに考えようぜ、拓馬! 5回も事故ったのに生きているんだぜ!?普通なら死んでるよな?お前は幸運なんだよ!」
     
     確かに、着地に失敗して飛行機が素人の目玉焼きのようにひっくり返ったこともあったし、機体が素人のスクランブルエッグのようにバラバラになることもあった。軽い怪我だけですんだのだから幸運だというのは間違いないが、それと引き換えに飛行学校を退学になったのだ。更に、貴重で高価なグライダーを壊し続けた為でもある。そうなると拓馬はいわゆる「ニート」だ。教育も労働もしない社会のごみは、島という楽園からたちまち追放された。そして現在に至る。
     
     「それより拓馬。実のところ、今日はアルバイトの誘いに来たんだ」
     軽トラックの荷台から降りて空の収穫かごに腰掛けるゲオルク。
     「二股どころか三股は無理だと思うがな…」と、拓馬。
     「いや、ほんの数時間で終わる一日だけのアルバイトさ!一緒に行かね?」
     「どこで、何をするんだ?」
     「これから遠方の山のほうにキャラバンが出るらしい。それで、荷物運びのアシスタントを募集しているんだ」
     
     すでに日本本州や世界各国が「人間の世界」ではない地獄と化している現在。比較的安全なシタデルからは誰も外出したがらないだろう。だがそれを逆手に取れば、仕事にありつけるということになる。
     
     「時給は?」と、拓馬。
     「タウゼント!1000円さ!」
     儲かるじゃないか!ここのレストランだって600円もらえればいいほうだ!拓馬は迷わなかった。
     「いいな!よし、乗った!」
     ふたりは人であふれかえる物資集積所の中を、子供がはしゃぐように駆け抜けた。
     何度も人とぶつかったが、そんな些細なことを気にする人は多くない。
     
     
    加筆フェイズ3
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