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    記事No.28 [テイルズオブケンプファー#11 学食では静粛に] 返信ページ
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    ■28   テイルズオブケンプファー#11 学食では静粛に 
    □投稿者/ Castella 15回-(2012/08/02(Thu) 19:23:09)

     “―――朝、学生寮で目が覚めて、学校で授業を受ける。そして昼は人で賑わう食堂で、天空の雲のようにふっくらとしたオムライスを口に入れるたび、違和感と疑問を味わっていた。島の外では今も人々が飢饉や暴力に苦しみながら暮していると言うのに、此処では広くて美しい食堂で、清潔な食器に盛られた豪勢な食事が提供される。不衛生で原始的な料理しかないシタデルと比較し、ここはSF映画や小説に出てくるような未来世界のようだ。此処に居る限り、世界が侵略されているなんて言う事実は、もしかすると悪い夢ではなかったのか?とすら考えてしまう。だが、俺は現実の悪夢をこの身で体感し、一部ながらそれを見てきた。だから、此処での平穏はかりそめの平和に過ぎないと、心の奥で思っていた”
     
     
     「向かい側、いいかしら?」
     空松高校の食堂でオムライスにスプーンを突き立てていた拓馬の向かい側に、金髪の女子が腰掛けた。
    彼女の手にはクロワッサンふたつとカットされたリンゴがふたつ。そしてドリンクが入っているだろうマグカップの乗ったプレートがあった。
     「どうぞ」
     拓馬はオムライスをスプーンに載せながら言った。
     授業間の休み時間はずっとクラスメイトが付きまとっていた。だから食事ぐらい一人でゆっくり取りたいと思っていた拓馬だが、その考えは早くも潰えてしまった。ここで食事をしている学生たちは、ケンプファーでもない限り危険な本州へ赴く事など無だろうし、化け物によって殺されることも無い。平凡な学校生活以外のことに興味を持つのは普通のことなのだ。きっと「外の世界はどうだった?」とか「ガイストと戦うのはどんな感じ?」という休み時間にもあった質問を繰り出してくるに違いない。拓馬は繰り返される面倒を予期する。
     
     「ケンプファーの、カクノウチ君ね?」
     「いや、カキウチ…だ」
     やれやれ…と、ため息をつく拓馬。しかもスプーンに載せた一口大のオムライスが、再び皿の上に墜落してしまっている。
     そしてその墜落したオムライスの破片を見て思い出す。
     俺もグライダーでこんな無様な着陸をして、勝ち組の人生と生きがい、そして夢を失ったのだ。…たとえジェット戦闘機のパイロットになって、天空で殉職することがあっても、それは俺の本望だ。恥ずかしくも無い男らしい最期だ。だが…今の俺にはだらだらと地べたを這いずり回ることしか出来ない。その現実を直視するたび、とてつもない無力感に襲われるのだ。

     「あらごめんなさい。でもよかったわ。噂は本当のようね」
     
     何がよかったのだろうか?…と思う拓馬の疑問にかかわらず、向かい側に座った女子は食事そっちのけで続けた。
     「メガロポリスに行ったことはある?太平洋側に面する工業地帯で、ブラウエライターの前哨基地でもある場所よ」
     「いや、話でよく聞いたけど、実際に行ったことはないな…」
     
     拓馬は思った。この女は急に何を言い出すんだ?一体何が言いたいのだ?そう疑問に思いつつもう一度スプーンにオムライスを載せ、それを口に押し込む。そして口の中に入ったオムライスを噛みながら視線を食事プレートから話し相手の女子に移した。
     …突然拓馬に電撃が走り、目を覚まさせた。女の子向けの、着せ替え人形のような、金髪碧眼の女子がいる。以前のグライダー学校や難民シタデルにも外国人はいたし、金髪の人だって腐るほど見かけてきた。だがこの人はそれらに人々とはちがう。見ているだけでも心臓が高鳴り、落ち着きを失ってしまうのだ。
     
     「―――会ったばかりのあなたに言うのも、マナー的に良くないのは分かっているわ。でも、どうしても頼みたいことがあるの」
     食事にまったく手をつけないまま、金髪の女子は真剣な表情で訴える。
    出来れば面倒の種は断りたいと願う拓馬だったが、彼女の美貌の前に断ろうという意思の炎は見事にかき消された。
     「ま、まあ…出来そうなことなら…」そう言って拓馬はカップの水を口に運ぶ。
     
     すると、何人かの生徒の注目を引っ掛けながら、一人の男子生徒が不機嫌な足取りで拓馬らのもとへ迫ってきた。
     
     「…おい転校生。何人の女とメシ食ってんだよ」
     「止めなさいズロウ!あなたには関係ないわ!」
     見るからに柄の悪そうな男子は不機嫌に女子へ迫りより、彼女を強引に連れ出そうとする。
    拓馬は嫌がる彼女が無理矢理連引っ張られる光景を見て、迷わず行動を起こした。
     「おい、彼女嫌がっているぞ。放してやったらどうだ?」
     「黙れ!転校生…」

     その不良は、まるでコンピュータが作動不良を起こしたかのようにフリーズした。

    「…おまえ!垣内拓馬だな!何でこんな場所にいやがる!?」
    「そういうおまえは誰だよ。まあ、ロクな奴じゃなさそうだな」

     ―――拓馬は自分の記憶を漁るが、すぐに答えは出てこなかった。
     何処かで見たような気がするが、どうも思い出せない。だが相手の態度からして、友達だった訳ではないだろう。そうに違いない。

     「黙れ!人の女に手を出すな!殺されたくなければ失せろ!」
     おまえには関係ないだろ、という具合に拓馬を蚊帳の外にする男子。
     だが拓馬も此処で引き下がる気は無かった。彼女だと言い張る割には、相手は思いっきり嫌がっているではないか。

     「女に乱暴するなんて外道のすることだぜ。男ならもっと正々堂々としたらどうだ?」
     「そいつはどういう意味だ!?」
     男子はぴたりと足を止める。
     拓馬自身は本来、面倒を避けたいと考えていた。だが結局面倒のほうからこちら側に歩み寄ってくるのだ。
     「女に乱暴しているようなクズには、どんな女もついては来ないさ」
     「てめぇ!人の女を横取りしようなんて、いい度胸してるじゃねぇか!」
     柄の悪い男子はその女子を軽く突き飛ばし、指の骨を鳴らした。周囲で食事をしていた生徒たちもこの事態に気がついたようで、徐々に野次馬となる。そしてテーブルを挟んでにらみ合う(スタンドオフ)の時間はすぐに終わりを告げた。
     「言っとくが俺は喧嘩で負けたことは無いぜ。謝るなら今のうちだぞ!」
     男子は素早くテーブルを越え、鋭いキックを繰り出した。拓馬は全身からアドレナリンが吹き出るのを感じた。奴を叩き潰す。脳裏に浮かんだのはそれだけだ。蹴りを回避し、食事プレートが床に落ちる。
     相手は続けて何回か蹴りを繰り出すが、拓馬はそれら全てをよけてみせた。そして相手の攻撃が止むと、こぶしに力を込めて思い切り反撃した。
     
     ―――静かなる騒然。
     
     アドレナリンが引いていく中で、拓馬はその周囲の空気を読み、今時分がやったことに不安を覚えた。
     今殴った相手はいくつもの食堂のテーブルや椅子を伐採し、壁際まで飛んで行ってしまっている。此処から彼の容態はよく分からなかったが、伐採したテーブルや椅子の残骸には血痕などは見当たらない。なので、怪我はしていないとは思ったが、彼はうつ伏せのまま起き上がらない。だとするとやはり負傷させてしまったのだろうか? 周囲の野次馬たちは畏怖の念で拓馬から距離をとり始めているように見えた。
     
     …ケンプファーはインプラント技術により肉体を強化された、強化人間の総称である。と、拓馬は今改めて思い出した。何の変哲も無い一般人を殴るということは、凶器で相手を襲うことに等しい。そして軍属ケンプファーである以上、交戦規定(戦闘ルール)は守らなければならない。その規定の項目は数多くあり、拓馬はすべて覚えていない。だが民間人への暴行は処罰ものだったはずだ。言うまでも無いが、法律とかその類の決まりごとは「弱者を守る」為にある。今回の件が、強者が弱者を虐げたとかいう形に捕らえられてしまうと、拓馬は間違いなく罰せられるだろう。これは非常にマズい。
     
     だが、それらの予想と現実は違っていた。
     唐突に野次馬の中から声が浮かび上がる。
     「クライナーが負けたぞ」
     「だから言ったろ。奴だってケンプファーに勝てるわけねぇさ」
     「いいザマだぜ。なんかスッキリしたな」
     …と、野次馬たちはコンサート終了後のように退散していく。
     ケンカの勝敗にしか興味が無かったのか?奴のことはどうでもよかったのか?と、拓馬は妙な疑問を浮かべる。
     だがその疑問は彼女が晴らしてくれた。
     「あの男はいつもこうなのよ。少しでも気に食わない奴がいれば、すぐにでもケンカを売る。だから此処じゃ日常茶飯事なのよ」
     「そう…なのか」
     予想外の出来事に唖然とする拓馬。
    一方彼女のほうは再び席に座り、拓馬のほうを見て言った。
     「私も、もちろんあいつは嫌い。打ってくれて感謝するわ。せいせいしたわ」
     「あ、ああ…だがあいつはあのまま放置しといていいのか?怪我とかは…」
     「自分で殴っておいて相手の心配をしてるの?あなたお人よし過ぎない? まあ、いいわ。あいつはさっき言ったとおり、毎日のようにケンカしているわ。血を流して倒れていることだってあったのだから、今回はたいした事にならないわ」
     
     いいから食事の続きをしましょう。という具合に、テーブルを軽く叩く彼女。
     拓馬はテーブルについた。
     
    「流石ケンプファーね。これなら安心だわ」
     なにが?と、言おうとしたが、彼女は拓馬が疑問を投げかける隙を与えずに続けた。
    「あなたがメガロポリスに行くことがあれば…行く予定が出来たら、すぐに私に知らせてほしいの。もちろんお礼はするわ」

     ―――メガロポリス。久々に聞いたなぁと、拓馬は思った。
     メガロポリスというのは、本来ブラウエライターの前線基地に過ぎなかった場所だ。入居制限が厳しく、拓馬を追い出した「この島」とは対照的に、メガロポリスは難民の受け入れを積極的に行っているのだ。それらの人材を使い、旧世代…つまり、かつての日本の工業地帯を復元し、財源と雇用を生み出している。難民の視線から言えば、メガロポリスは「島」とは違い、自分たちにでもたどり着ける「最後の楽園」なのだ。

     だが、楽園には落とし穴もある。メガロポリスは島と違い、地形的な防御ラインがまったく存在しない。
     それはなぜか?日本「本州」にあるからだ。
     島は連絡橋を全て爆破して陸路からの接近を阻んだが、本州にあるメガロポリスは、常にガイストの危機に晒されているのだ。地下シェルターも建造しているというが、押し寄せる難民全てを収容するには程遠いらしく、今この時も戦いは続いているのだろう。

     「…メガロポリスに何か?」と、拓馬。
     「メガロポリスには私の父がいるの。名前はボーゲン。ヴォルフガング・ゼンネボーゲンよ。「シュタール=ボーゲン」と言ったほうが、通じがいいかもしれないわね。本名よりそっちのほうが普及しているし」
     
     聞いたことのある名前だな。と、拓馬は思った。
     …そうだ。そのメガロポリスの司令官の名前だったはずだ。その人物の評判はグライダー学校に居るときも、難民シタデルに居たときも度々聞いた覚えがある。ブラウエライター高官という軍人でありながら、ただの前線基地だったメガロポリスを「人道支援キャンプ」へと改革し、今では経済力を持った工業都市へと発展させた優れた指導者だ。
      
     「なるほど…メガロポリスの司令官である以上、此処に戻る暇は無いだろうからな…」
     拓馬は思った。父親と離れ離れ。俺と同じなんだな、と。
     だが行方不明な拓馬の父とは違い、彼女の父は生存が確定している。場所の問題さえ解決されれば、彼女は父親と会うことが出来るのだ。拓馬は思った。この人の力になってやれないかと。
     
     そこで拓馬は時間が止まったように食事の手を止めた。
    「まさか、俺がメガロポリスに行くことになったら、連れてってくれとか言うんじゃないよな?」
     
     向かいの女子は沈黙した。
     まさか図星だったのか?拓馬も同様に言葉を失う。
     
     「…無理かしら?」
     「いや、そりゃ…」
     「…やっぱり、図々しいわね」
     向かいの女子は枯れた花のように気力を失う。
     だが此処で拓馬は自分でも驚くほどの状況把握能力で周囲の視線を感じた。別のテーブルの生徒たちが「女を泣かせてないか?」「見てよアレ」などという具合にこちらを注視し始めている。これはマズイかもしれない。拓馬はとにかく事態の改善を図った。
     
     「それよりボーゲンさん。どうしてメガロポリスに行きたいんだ?中世的な 「剣と魔法のファンタジー」世界ならともかく、今なら電子メールやテレビ電話だってある。連絡を取ることは朝飯前なんじゃないか?」
     
     もし植物なら救いようも無い程に枯れていたが、なんとか気力を取り戻してくれたようだ。
     
     「ええそうね。連絡「だけ」なら出来るわ。でも私は連絡をしたいのじゃなくて、直接そこへ行きたいの! あとそれと、わたしの名前はボーゲンじゃないわ。ヴェルヘイレンよ。…ケイト・ヴェルヘイレン。父とは血がつながっていないわ」

    「そう…なのか」

     ケイト・ヴェルヘイレンは続ける。
    「ええ。…父は孤児だった私を養子として受け入れてくれたわ。父の助けが無ければ、今も私はどこかの難民キャンプでごみあさりをしていたでしょうね。もしくはガイストに襲われて死んでいたわ。だからわたしは、父に恩返しをしたいのよ。 …でも父は、まもなく私の前から消えたわ。メガロポリスの司令官に任命されたのよ。それ以来ずっとメガロポリスに住み込みで、島には戻ってきていないわ。私も父と一緒にメガロポリスへ行きたかったのだけど、ずっと拒否されているわ。私は医学にも多少の心得があって、家事もこなせるわ。必要あれば銃で戦うこともできる。メガロポリスで人道支援をする父の邪魔にならない自信はあるわ。それでも、父は私にここに残れと…」
     
     拓馬は手詰まりになった。
     彼女の言うことは理解したし、気持ちも十分に伝わった。出来れば力になってやりたいと思うが、今のところ拓馬はメガロポリスへ行く予定などは無い。そもそも、メガロポリス行きが確定したとしても、民間人をどうやって連れて行くのだ?手立てなんてあるわけない。天龍将軍に話してみる事は出来るだろうが、流石にあの人だってイエスとは言わないだろう。
     
     「…約束は出来ないが、一応覚えておくよ。もしメガロポリスに行くことがあれば、だよな?」
     拓馬は心中で「言っちまった…」と後悔に似たような感情を覚えた。だがこれは「行くことがあれば」という前提が成り立てばの話だ。だから時間と共に忘れてくれればと思うが、彼女の安心したような表情を見ると、どうも気の毒でならない。…しかし、仮に彼女を連れて行けたとしても、それが本当に彼女の為になるのだろうか…。拓馬は不安を感じた。万が一、彼女の身に何かあれば、責任を取らなければならない。ましてや、彼女は司令官の子供だ。面倒な事態になるに違いない。
     
     「…ねえ。ところで―――」ケイトが切り出す。
     「さっきの様子からすると、あなたはクライナーの知り合いなの?」
     
     拓馬は思った。そういえばそうだった。そして思い出したぞ。
     結論から言えばイエスだ。
     さっき吹き飛ばしたのは、たしかズロウ・クライナーとかいう名前だったはずだ。拓馬が依然通っていた、グライダー学校の同学年だった。
     
     「特に話したことは無いが、以前同じ学校に居た。顔は知っていたな」と、拓馬。
     「そう…あいつはその学校でもケンカ早かったのかしら?」
     「さあな。だが俺に眼を飛ばしていたことはあったな。まるで恨みでもあるかのような目つきだった…気がする」
     
     拓馬は思った。今日の様子を見る限り、クライナーという奴は今も昔も短気な奴なんだろう。きっとグライダー学校でもトラブルを引き起こし、退学か転校処分になったに違いない。拓馬は一瞬だけ奴を馬鹿にしたが、その直後に気がつく。…俺だって退学処分になった身だと。
     
     「でも気の毒ね。あんな奴と転校先で再会するなんて」と、ケイト。
     「ああ、そうだな。別に再会できて嬉しい相手じゃないからな」
     ふう…と軽くため息をつく拓馬。別に喧嘩で負ける気はしない拓馬だが、もう二度と自分とケイトに危害を加えてこない気がしないわけでもない。
     今後もまた面倒になるだろう。困ったものだと、拓馬は途方にくれた。
     
     「…で、クライナーが前の学校を退学になった理由は想像しやすいわ。それで、あなたは何故この学校にやってきたの?」
     「それは…」
     飛行実習のミスが原因で退学になった。
     …なんて赤裸々に告げるわけにも行かない。だが、エリート学校とも称されるグライダーアカデミーからこの「空松中央高校」という普通の学校に転校するということは、なにかそれなりの理由がないと納得しないだろう。
     
     「あらやだ」と、ケイトが急に取り乱す。
     気がつくと食堂の人数が急激に減っていた。
     拓馬は食堂の時計を確認すると、もうまもなく昼食の時間が終了を迎えようとしている。もうのんびりとランチタイムを送る猶予は無い。拓馬は食べ残しを口にかきこみ、ケイトと別れプレートを厨房に返却し、教室へと駆け足で向かった。
     
     
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