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    記事No.29 [テイルズオブケンプファー#12 喜ぶ花] 返信ページ
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    ■29   テイルズオブケンプファー#12 喜ぶ花 
    □投稿者/ Castella 16回-(2012/08/03(Fri) 20:16:52)


     
     
     授業に遅れる。
     そんな高校生活らしい危機感を抱きながら、拓馬は学校の廊下を駆け足で進んだ。
     足元にある濃厚なネイビーブルーの床は、ハリウッドのSF映画に出てくる宇宙船をイメージさせる。もしこれが突然離陸して宇宙へ飛び出しても、きっと違和感を覚えることは無いだろう。
     …ただ、今この学校に居る生徒で、実際に宇宙へ行ったことのある人は誰一人いないだろう。ガイストの出現以前はともかく、世界が破滅へと向かうこのご時勢で、宇宙旅行なんて考えは夢のまた夢だ。宇宙船を建造するための工場は今、飛行機やその類の航空機の製造に明け暮れているだろうし、そんな宇宙船を作るのにだって天文学的な数値の予算が居るだろう。そんな余力があれば、もっと違うことに力を注ぐはずだ。

     だが拓馬は思う。

     もしも宇宙へ行けたら、それはどんなに素晴らしいことだろうか。そして出来るのであれば、この星を宇宙から見てみたい。本や事典の写真程度でしか観たことが無いが、いつかは自分自身の目で見つめてみたい。人類初の宇宙飛行を成し遂げたユーリ・ガガーリンの言うところの、青い星。もしくは「青いヴェールをまとった花嫁」が、どれ程までに美しいのかを、自分自身の目で見てみたい。

     宇宙へ。だが、今の拓馬には宇宙どころか大気圏内を飛ぶ翼すらない。行けもしない成層圏を目指すのは、あまりにも惨めだ。
     かつてはグライダー学校で、ジェットエンジンつきのグライダーを飛ばすことができた。あのときは宇宙へ行きたいという欲望があった為に、空を自由に飛ぶという事の幸せが薄くなっていたが、飛ぶ事ができなくなった今になると、それらはもう心の中の夢物語になりつつあった。
     屋外にいるときに空を見上げ、飛行機を見つけたりすると、拓馬はどうしようもない無力感に包まれるのだ。

     深くため息という名の深呼吸をし、自分を心の中で慰める。
     俺は翼を失ったものの、人類の守護者という肩書きを手に入れつつある。だからもっと前向きに生きていこう。そのうち何かいいことがあるかもしれない。
     気を取り直してそして廊下を歩いていると、突然「それっ!」という掛け声とともに拓馬に何かが激突した。ボウルに弾かれたボウリングのピンのように床に転倒し、拓馬は頭をぶつけた。
     それっ!じゃないだろ!と、拓馬は苦情を言おうとしたが、それより先に小柄な女子が先手を打った。
     
     「やっと見つけたで、垣内拓馬!」
     
     まるで友達と悪ふざけをするようなノリで、いきなり体当たりしてきた女子は、いたずら好きな子供のような笑顔をうかべる。
     周囲には各自の教室へ急ぐ生徒たちが何人も居たが、みんな不思議な目や表情で通り過ぎていく。もしこれが逆で、男子が女子に馬乗りしていればいささか問題であろう。だが今はその逆である。真昼間からこのバカップルは一体何をしているんだ?という具合にしかならない。
     もちろん拓馬から言えば、この女と交際しているつもりなんてない。
     
     「いきなり何をするんだ?…それよりどいてくれないか?」
     周囲の視線が痛い。早くどけ!と強く視線で訴える拓馬。
     「ちぇっ」
     拓馬の上に馬乗りする女子は、まだ遊び足りないという表情をしながら立ち上がった。続けて拓馬も腰を上げる。
     「…で、おまえは誰だ!?」
     拓馬は制服の汚れを気にしつつ、不機嫌に言う。拓馬の機嫌が悪いというのは誰の目にも明らかだったが、女子はそんなことお構いなしにとぼけた表情で言う。
     「わての名前、知りまへんの?」
     と言いつつ、ダンサーのようにくるりと一回転する女子。ピン止めされていないネクタイと短めのスカートがふわりと舞い、飛行機のプロペラを思わせた。
     「誰が知るか」
     拓馬は苛立ちを覚えたが、自分に言い聞かせる。ここで手を出せばさっきのクライナーに言った言葉がそのまま自分に返ってくる。落ち着けと。
     
     そしてその小柄な女子は笑みを浮かべ言った。
    「もう知っておると思ったんせやけどな。まあえぇーや。わては【南部喜花】!喜ぶ花と書いてきか言います!」
     
     だれも聞いてねえ!…と突っ込みを入れようとしたところで、拓馬は現状が時間的危機に晒されていることを思い出した。
     そうだ!授業に遅れるぞ!と。
     
     「授業に遅れそうだ。今回のことは忘れてやる。今度から気をつけるんだぞ」
     
     小説でも漫画でも、曲がり角とかで女の子とぶつかり、そこから関係が成り立っていくケースが多々ある。
     だが現実にそれを求めるのはいかがな物だろうか?
    拓馬は現実的な考えを持ったつもりで今回の件を忘れ、立ち去ろうとする。
     
     「…ちょっと!ちびっと待て!」
     うんざりする拓馬の腕を掴む南部。
     「放せよ。お前も授業に遅れるぞ?」
     「わてのことホンマに覚えておらへんの?一緒に戦った仲間やろう?「しあちゃん」からケンプファーが空松に転入したっていうから、挨拶しようと思ってわざわざ飛んできたのに…」
     その言葉を聴いて、拓馬は足を止め改めて小柄な女子を見つめなおした。
    だが拓馬は疑問しか感じない。一緒に戦った仲間というのは一体どういう意味だ?こんな小学生のような女子が戦場にいただと?何かの間違いだろう?
     
     「わてはシュトルムピオニア所属や。この前の戦いで天龍将軍と一緒に助けに来てくれはったでしょ?」
     その台詞で拓馬は思い出した。
     そうだ。
     彼女はシタデル救援の時に、一緒にモウザー狩りに行ったピオニア隊員の一人だ!
     薄いピンクのブラウスと、青のタータン模様スカートからなる学校制服は、戦場のケンプファーを見事に一般高校生に仕立て上げていたのだ。

     「…あのときモウザーにグレネードで攻撃してた?」
     「せやよ!やっと判った!? わてもケンプファーやで!これからはバトルフィールドでも学校でも一緒や!仲良うしようね!」
     
     拓馬は妙に元気付けられたような気がした。
     この学校に来てから知り合いになった人は何人かいるが、ここでようやく島の外にある「地獄」を知った仲間が出来たのだ。同じく地獄を知った仲間であれば、此処の生徒たちが理解できないような話だって乗ってくれるだろう。そう考えると、少し嬉しさがにじみ出てくる。
     
     「ああ」
     なんだか妙な日本語を話すな…と思いつつも、拓馬は手を差し出し握手を求めた。
     「よろしゅーね☆」
     南部も拓馬の手を握る。だが手と手の間に何かがあるぞ?そして手を放すと、拓馬の手のひらには袋に入った食べ物があった。
     なんだこれ?という表情をする拓馬。
     
     「粟おこし。しりまへんの?」
     アワオコシ?何だそれは?聞いたことも無いオブジェクトの名前に戸惑う拓馬。
     「あ、ああ…」
     「あわおこしは、おせんべいやおかきと一緒で、お米から作ったお菓子の一種やよ。おいしいや」
     
     あとで食べようと心に決め、もらったお菓子を制服のポケットに入れる拓馬。
     だが此処でやはり疑問が浮かんだ。今のご時勢、お菓子なんてぜいたく品は入手困難な筈だ?一体どこから調達したのだろうか。
     しかしその疑問はすぐさま解消された。
     
     「…わての実家は大昔からお菓子を作っていたの。今はお菓子よりも軍用糧食がメインせやけどなぁ。ブラウエライターの兵隊のごはんから非常時の保存食まで幅広くつくっておるよ。それでも、伝統は捨てんと今も守り続けておるのだちゅうワケや。」
     
     拓馬は思った。南部は食品工場の出身。このお菓子も生産ライン上からこっそり拝借したのか、あるいは完成度に難がある「訳あり商品」で処分される品を譲り受けたのだろう。拓馬自身も農場に居たことがあるが、農場では原材料のジャガイモしか取れない。言うまでも無いが生のジャガイモは食べられない。すぐに食べられる食品を生産する工場の勤務が、あのときの自分と比較すると悔しいほどに羨ましい。
     
     「食品工場か…この近くにあるのか?」
     拓馬は恐竜のような機械が立ち並ぶ大工場をイメージした。なにせ、人類最後の安住の地にある「島」工場なのだから、きっとハイテクな機械が揃っているに違いない。拓馬は島にある大掛かりな工場は「飛行機工場」しか見たことがないが、勝手に食料工場もそんなのだと思い浮かべる。
     
     「えぇーえ。実家は大阪だよ。でも海を挟んやぐそこせやから、船やヘリでいつでも帰ることが出来るよ」
     
     南部の家族は日本本州に居る。
     そこで拓馬は以前の任務でモウザー狩りに同行していた、ワルター・クレッチマンの話を思い出した。彼は結局、自分の家族を安全な島へいざなうことができず、それらを失って後悔に包まれていた。今後もあの人はずっと後悔の意を背負って生きていくのだろうか?
     そして今目の前に居る南部も、それと同じ悲劇を辿らないといいのだが…。
     
     「それで、あんさんの家族はどこにおるの?此処(島)?本州のシタデル?」
     今度はそっちのことを教えてよ。という具合に、拓馬の事を聞いてくる南部。
     別にこれは普通の流れだが、拓馬は言葉を詰まらせてしまった。父は行方不明で、母のことはほとんど知らない…。
     「いや…今は…」
     言葉に詰まる拓馬の心境を悟ったのか、南部はすぐさま話題を切り替えた。
     「それじゃあ、ツレや仲間は今なんでやおる?」
     
     …ツレ。仲間。つまり友達。
     拓馬にとっての友達というと…今この学校には居ない。もちろんこの島にだって居ない。かつて通っていたグライダー学校には知り合いもそれなりに居たが、友達だった奴らは今も拓馬の事を友達と思っているだろうか?きっとそれは無いだろう。ヘマをして退学したおちこぼれを、今も友達だと言い張るのは自分の身も危険に晒すのだ。居なくなった奴を庇うようなお人よしは居ないに違いない。
     そして前のシタデルもなくなった今、友達はゼロだ。
     
     …でも、拓馬にはひとり、とても親しい友人がひとり居る。
     
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